SuperDeluxe


こんにちは。

ニュース一覧に戻る

3月10日 ジョン・ダンカン来日に向けて

2013/02/05

Art Work by Yukako Iizuka



ジョン・ダンカン来日に向けて
ジョン・ダンカンは、1953年生まれの米国人芸術家である。カンザス州の出身ではあるが、芸術大学を卒業したカリフォルニア州ロサンジェスルにおいて芸術活動を始めた。’70 年代においては体験者の反応をこそ重視したパフォーマンスを行い、これと並行してClose Radioというラジオ・プログラムを運営し自身および他者による実験芸術を紹介する。最初パフォーマンスとリンクする音作品を自身のレーベルである All Question Music (AQM) からカセット・アルバムとして出版していたジョンは、やがてドラムスなどの打楽器の演奏を始めた。そしてミッシェル・ル・ドヌ‐ベネットのバスーンに自身の打楽器演奏とテープ操作を併せた ‘Broken Promise’ を A 面に、自作の 「ウォーター・ドラムス」 を用いた ‘Gala’ を B 面に収めた LP “Organic” を AQM から発表する (’79 年)。このアルバムはロサンジェルス・フリー・ミュージック・ソサエティ (LAFMS) から配給され、それは LAFMS メンバーが Close Radioに出演したことと相乗しジョンとLAFMS を急接近させる原因となった。
 当時、パフォーマンス作家であるポール・マッカーシーは Close Radio に協力的役割を果たしジョンとの協働を行っていた。そして彼らは、LAFMS のフレドリック・ニールセンそしてデニス・ダックと共にロック的ユニットである “CV Massage (心臓マッサージ)” を結成している。ジョンは LAFMS の作家でも特にジョー・ポッツに共感を覚えていた様で、「ジョーは、とてもロマンチックな作品を作る」 との評価を寄せていた。’82 年までジョンはロサンジェルスにおいて LAFMS と協働していたが、同年 5 月、突然の来日を果たす。海外からアンダーグラウンドな音楽家が来日することなどとても珍しい時代であり、東京・大阪・京都でソロ演奏を行うと共に、竹田賢一/ヴェッダ・ワークショップ、Phew、向井千恵、林直樹 (NG) らとの共演を行った。短期間滞日後に彼は帰米するが、2 月後に再来日し ’80 年代後期まで在日生活を送ることとなる。
 実を言えば、来日の前にも彼は東京に在って自主レーベルの草分けと成ったピナコテカ・レコードの佐藤隆史と協働を行っていた。同レーベルから発表されたカセット・アルバム “Music You Finish” (’82 年) は当時ジョンが多用していた短波ラジオのチューニング音による演奏を収めたもので、タイトルは「他者が音を被せて完成させる為の音楽
 というコンセプトを持っている。このコンセプトに応じた作家が当時実際に存在し、そのトラックは大阪のディ・オーヴァンが主宰する XA レコードのカセット・アルバムに収められた (出版は、再来日後)。ジョン自身も、このトラックの存在を把握している。こうした日本とのリンクが来日を促したとも推察することが出来るのだが、それにしても初来日の直後に再来日し長期間滞在する道を彼が選んだことには今でも驚きを禁じ得ない。
 この長期の在日においてジョンは短波ラジオのチューニング音を用いた金字塔的作品 “Riot” を AQM から、これもピナコテカ・レコードの佐藤の多大な協力の下に発表する。そして、AQM はジョン自身の作品のみならず様々な日本の作家 (田中トシ、向井千恵など) のアルバムを出版した。とりわけ、関東のドローン・デュオであるオナンシー・イン・フレンチを発掘しそのアルバムを出版したことはジョンの審美眼を反映する現象だろう。ライヴにも積極的であり、灰野敬二を始めとする様々な音楽家との協働を行っている。録音としては、オナンシー・イン・フレンチそして非常階段との協働作を残したことが注目されるだろう。当時のジョンは、短波ラジオのチューニング音を独自の解釈で使用していた。’70 年代にドイツのグルグルとカンが各々 “UFO” と “Saw Delight” で用いカンのホルガー・シューカイが “Movies” で頻繁に使用した手法だが、ジョンは精緻でとても美しいものからハーシュ極まりないものまで様々なフォームでの演奏を確立している。
 こうした音楽活動と並行し、当時の彼は多様なアクションを行っている。まず Close Radio をゲリラ的FMプログラムとして復活させ、日本の作家などによる音を紹介した。しかも、まだ知られていなかったザ・ハフラー・トリオが作成した 60 分プログラムまで放送しているのだから驚いてしまう。このプログラムは後に、カセット・アルバム 『殆ど聞き取れない』 として出版された。そして彼のパフォーマンスはギャラリーなどに収まるものでは無く、街の様々な場所においてそれこそアクションとして体験者に特殊な反応を惹起するものとして遂行された。特筆すべきは、この滞日期間に彼が映像の領域に進出したことだろう。自らの音をサウンド・トラックとして、丁度パフォーマンスでのスタンスをより多数の体験者を対象として遂行する様な作品を制作している。このアプローチは現在彼が制作しているヴィデオ作品へと継承されており、そこにおいては体験者の知覚と認知に存在する 『閾値』 の変動が目論まれていると言えるだろう。
 さて、ジョンは長い滞日の合間を縫ってロサンジェルスに帰り LAFMS のノイズ・オーケストラであるエアウェイのライヴに参加してもいた。エアウェイの指揮官であるジョー・ポッツとの協働も行い、クリス & コージーが編纂したコンピレーション・アルバム “Core - A Conspiracy International Project” にはジョーとの共作を持って参加している。ロバート・ワイアットも参加したこのアルバムは、各参加者のトラックをクリス & コージーが音を被せ完成させるというコンセプトに基づくものだ。このアルバムの出版と前後してジョンは日本を離れ、欧州に移住した。当初はオランダに住み、その後スイスを経て現在はイタリアを居住地としている。この間、Staalplaat (オランダ)、Touch (イギリス)、Extreme (オーストラリア)、RRRecords (米国)、Trente Oiseaux (ドイツ)、Planam/Alga Marghen (イタリア)、Dark Vinyl Records (ドイツ) などから作品を発表しているが、特にヨクン・シュヴァルツが主宰する Die Stadt (ドイツ) はジョンへのサポートを惜しまなかった様だ。
 オランダ時代にはザ・ハフラー・トリオのアンドリュー・M・マッケンジーとの協働を行い、彼らによるアルバムが ’90 年にイギリスの Touch から発表された。’90 年代の半ばにはクリストフ・ヒーマンの Streamline からアルバム “Incoming” を発表しているが、そこにはヒーマンとの共作が含まれている。このアルバムは LAFMS と縁の深い Cortical Foundation が製造したものであり、ディジタル・マスタリングは LAFMS のジョセフ・ハマーが行なった。
 スイスに移住した後には、AQM の発展したレーベルなのだろう Allquestions を主宰し、’01 年の “Palace of Mind” を皮切りにアルバムを発表している。ワイヤーのエドワード・グレアム・ルイスやエリオット・シャープ、それにパン・ソニックのミカ・ヴァイニオなど他者との協働を記録しているのが目立つ。そして、この欧州滞在期間を通じてジョンの持つコンポーザーとしてのスキルは格段に進化した模様だ。それも単に巧みな構成を技術的に能くするという進化では無く、津波の予兆音 (デンゼル・カブレラ提供の音を用いた、“Infrasound - Tidal”) およびナスカの地上絵で録音されたという音 (アントン・デュダー提供の音を用いた、Planam/Alga Marghen 出版の “The Nazca Transmissions”) など特殊なパワーを有する波動を操作するスタンスを確立した点が面白い。
 この時代には前述した方々だけでなく実に様々な作家とのコンタクトを行い、彼らとの協働がジョンの創作活動に反映された。例えば、Die Stadt からはドイツのアスムス・ティーチェンスの多大な協力の下にアルバム “Da Sich Die Machtgire...” を発表している。それに、ジョンに先駆けてやはり米国から欧州に移住していたゼヴとの交友もが当時成立した様だ。’70 年代の後半にゼヴはヨエルという名を用いて LAFMS のコンピレーション “Blub Krad” に参加した経歴があるものの、その後 LAFMS との関連を絶ってしまった様だ。そんな彼らが音楽と映像を接点として協働を開始したのは、単に米国の出身であり欧州で活動している同士だからという理由に基づくものでは無い様に想う。
 ジョンのアプローチは、表層に軋轢を直感させるものからむしろ穏やかでありながら顕著な影響を体験者に与えるものへと変化して来た。それは音楽においても映像においても同様であり、Center for Contemporary Art (CCA) 北九州の招聘に基づく今般の来日ではその実践と根底に存在する目論見の解読が行われるであろう。CCA において 3 月 7 日にはコンサート、8 日にはジョンの講演が行われる。9 日には、大阪の FUKUGAN GALLERY において ”Decoding Duncan (ダンカンの解読)” と題するトークと新作ヴィデオの映写が行われる次第となった。そして、10 日には東京のSuperDeluxe において非常階段とジム・オルークをゲストに迎えてコンサートが行われる。なお、東京と大阪での催しも CCA北九州の協力の下に行われることを明記しておきたい。
テキスト: 坂口卓也



スーパー・デラックス公演 詳細
3/10 日曜日
John Duncan 2013 Tokyo
予約3000円
学生2500円 要学生証
当日3500円 (ドリンク別)
OPEN 19:00 / START 19:30
Live:
ジョン・ダンカン

非常階段
ジム・オルーク

ご予約、さらなる出演者詳細は www.sdlx.jp/2013/3/10



関連イベント
2013年 3月7日(木)、8日 (金)CCA北九州
www.cca-kitakyushu.org/jp/
2013年 3月9日 (土) 大阪 FUKUGAN GALLERY
Decoding Duncan (ダンカンの解読)
www.fukugan.net/



今日のイベント

2014年04月19日 (土)

TALK : 0g night "DO BLOOM IN THE SILENCE” Red Bull Music Academy presents

開場 16:30 / 開演 17:00

チケット 2000円 (ドリンク別)

RBMAサイトにて受付中
六本木アートナイトスペシャルプログラム 【TALK SESSION (17:00〜/限定登録制) 】■ 阿木譲 ■ 室賀清徳 ■ 梅津元 ■ 秋山伸 (司会) *18:35以降のLIVE&DJ : 0g night "DO BLOOM IN THE SILENCE”もそのままご参加いただけます。